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saya log

アラフォー転勤妻が日々・思い・愛・夢・妄想を打ち綴ってます

アル中は惹かれあう

前にも書きましたが、私の周りは祖母に始まり、従姉妹・実妹・同級生・元シェアメイトに元同僚と、揃いも揃って独身ORバツイチだらけです。「夫婦者」の友達はおりません

 

我が家は結婚こそしてるけど、俗に言う仮面夫婦、家庭内別居状態で、いつシングルになっても誰も驚かないでしょう。

類は友を呼ぶんでしょうか。

 

 

 ルイトモと言えば、転勤族同士も惹かれあう気がします。

結婚以来ド短期案件ばかりを選んで働く私ですが、時々2、3か月単位の仕事もします。たいてい同時スタートが20~30人いる中、仲良くなる集団はなぜか「地元グループ」と「よそ者グループ」にぱっかり別れることが多いです。

別に「私は転勤族です」とか、「私はよそもんです」と名札をつけているわけでも無く、自己紹介をしたわけでも無いのに。ほんとにこれは不思議。

 

 

 

類は友を呼ぶ、スタンド使い惹かれ合うと言うように、やはり同じにおいで呼び合うんでしょうかね。

一組位まともな夫婦者の友達が欲しいと思うこの頃です。

 

 そんな似た者同士に囲まれ暮らすわたくしですが、これまで壮大に惹かれあったな~~と思うのは、オーストラリアで共に暮らしたホストファザー。

 

あんなに壮大なオーストラリアで、星の数あるホームステイ先の中で、筋金入りのアル中親父とワールドワイドに呼び合っちゃいました

 

今日は自戒もこめて、そのアル中ホストと暮らした話を書こうと思います。

 

 

 

 

---

はるか15年前、独身OL時代最後の年。三十路を前にしてワーホリでオーストラリアへ高飛び。

目的もなくふらふらとラウンド中、「一週間だけ」滞在するつもりで降り立った某土地が気に入ってしまい、しばらくここで暮らしたいな~と思い始めました。

(昔から一所にいられない根無し草です。その意味では転勤族は天職じゃねーのか!!?)

 

暮らすとなったら早急に住まいを探さねばなりません。

BP(バックパッカー)滞在はお金が飛んでいくばかりです。

ワーホリに人気の土地だし、ステイ先なんていくらでもあるでと気楽に構えてたものの、いざ探してみると難航!!空部屋は死ぬ程あるけれど、「日本人がいないホスト先」を探すも見つからないのです。

 

 この時の私、ワーホリ滞在7か月目に突入。俗に言う「ワーホリセンパイ面(ヅラ)期」でした。

それまでは日本人同士で身を寄せ合ってつるんでたくせに、海外生活に少し慣れてくると一転「日本人とはつるみたくないよねー」とか言い出しちゃうアレです。

毎日入れ替わり去っていくBPの日本人を尻目に「私は絶対に日本人がいない部屋に住むぞ」と決めました。

金を浮かす為にBPの掃除婦をしながら、希望の家が出るのをしぶとく待ち続けました。

 

そんな私を見かねたBPのオーナーが、友人のオージーを紹介してくれました。ワーホリに仕事や部屋を斡旋して生計を立てているこのおじさん、「日本人がいないホスト先あるよ。」と言うのです。

 

 

身を乗り出して聞くとこのステイ先、住人はオージーのホストが一人だけ。

 

もともとは真面目だったホスト(当時50歳)、仕事のストレスでアル中になり失業、あまりのアル中ぶりに奥さんと息子は出て行き、広い一軒家で絶賛一人暮らし中。

家賃収入が欲しくてホームステイ受け入れを継続したいものの、奥さん不在のその家はワーホリの間ですっかり「危険」認定されてしまい、いくら料金を下げても誰も住みたがらないという。

日本人ワーホリの間ではちょっとした有名ホストだったのです。

 

 

思えば一番初めのホスト先はレズのカップル宅でした。

(夜中にトイレにいったらバスタブの中で裸のおばさんたちが・・・

2番目はステップファミリーの子だくさん家庭。はっきりいって子守目当てにステイを受け入れていて、私もほぼ家政婦状態。慕ってくる子供と猫の為にチェンジはしませんでしたが、「子守に来たんじゃねえぞ!」とずっと不満でした。

そこへきて次はアル中て。

フツーの輩はいないんかい!

 

でもでも。考えようによっては面白いかも?

アル中の女性は怖い気がするけれど、おっさんのアル中なら子供の頃から免疫がありました(職人が多い土地&宵越しの金は持たない)。他の女の子たちが「やだーそんな家」という中、私はむしろ「いいかも」と思ったのです。アル中のオージー宅にステイだなんて、帰ったらネタになるしな!と。(実際こうしてネタにしている。。)

 

それに、誰も住みたがらないということは

オージーと2人生活=英語が上達!!という短絡思考。私は2つ返事であえてこの誰もが行きたがらない家を選びました。

 

 

仲介のおっさんからは「夜は自室のドアを施錠すること」「絶対にホストの前で飲まない事」「家に酒を置かないこと」をくどい程言われ、BP生活に飽き飽きしていた私は早速その晩からアル中ホスト宅に異動しました。

 

 

いざ新居の前に立つと緊張している自分がおりました。

5分ほど躊躇していましたが、そのまま突っ立ってても埒が明かないし「えいっ!」と思い切って扉を開けるとそこはすぐリビングで、アル中と噂のホストがぽつんと座っており。

「ないすちゅーみーちゅー」と声をかけると、物静かに「Hello」と返してくれました。

その日から私とおじさんの生活が始まりました。

 

 

 

ふたをあけてみればこのホスト、とても物静かで優しいおじさんでした。

噂では「夜になるとドアをけ破って入って来る」とか散々な言われようだったので、初日の夜は施錠したドアをふさぐように横たえたベッドの上で、眠れぬ夜を明かしました。しかし何事も起こらず。

次の日も次の日も、なんの騒ぎもおこらず。

おじさんは心穏やかに断酒中だったのです。

酒飲みに囲まれて育った経験とカンで「もうこの人は心配なさそう」と思いました。

でも、「目の前で飲まない」「酒をストックしない」は徹底しよう、と誓いました

アル中は一滴でも飲んでしまったら最後、スイッチ入っちゃいますから。 

 

 

 こうして、ホストの前では絶対に飲まなかった私ですが、オーストラリアでは毎日浴びるようにビールを飲んでいました(なんしろクソ熱い)。おじさんには悪いけど一緒に断酒しようという気は1ミリも無く、毎日夕方になるとスーパーで缶ビールを2本買い、1本はそこのベンチですぐさま飲み干し、残りをこっそり部屋に持ち込んで、施錠した上で、ぷしゅーという音が聞こえないよう布団の中で栓をあけてコソコソひとり酒。

私が酒飲みだとはつゆとも疑わないおじさんと私、つかず離れず、平和にくらし始めました。

 

 

 

初めは心配していた仲介のおっさん、あまりの平和ぶりに欲を出してきました。

これならもう一人住ませてもよくね????と勝手に日本人男子を送り込んで来たのです。

それならと私は「オージーと2人で住めるからこの家を選んだのであって、日本人が来るなら他の家を紹介してくれ」と伝えました。気の毒にその男の子は。。。。「無理です」と言い残し、滞在10分で出て行きました。日本人のパイセンがいるから安心だよと紹介されて来た家を追い返され、今思うと申訳ないです。でもでもこの時の私、「なーんでオーストラリアまで来て日本人とすまねーといけねーの???」と。超痛嫌な奴でした。

(この時期を通り過ぎてまた日本人と楽しくつるみますが、また別の話)

私がこの家を開拓したパイオニアだという自負もあり←

商売根性出してきた仲介のおっさんにも腹がたったのです。

 

 

その件以来、おっさんと連絡を取り合うことは無くなりましたが、かえって「ヨカッタ」と思いました。(ひでえ)

それほど私はこの元・アル中ホストとの暮らしが気に入っていました。

 

 

 

一方ホストのおじさんにしてみれば、私が初めてマトモに接触する日本人だそうで、私の一挙手一投足が面白くて仕方ないようでした

「おはよー」「いただきまーす」を真似するようになり、家を訪ねる友人には「俺の japanease friendだぜい!!」と紹介してくれたり。

父娘みたいな平和な日が2か月ほど続きました。

 

 

 

そんな平穏な暮らしを壊すトラブルメーカーはなんの前触れもなくやって来て

穏やかな暮らしは終わりを告げました。 嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった陽気なオージーたち。

残されたのはアルコール復活のおじさんと、超絶酒飲みである事がバレたわてくし。

 

 

 

あ~ いろいろよみがえってきたー

長いので続きます

 

 

 

 

 

 

 

 

【予告】ポロリもあるよ~

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HDあさったらいろいろ出てきました

若いって怖いもの知らずですね。

もう戻れないあの頃・・・ ぷ

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