若い頃

若い頃、私はほんとうにお金がなかった。

なぜって 働く事が嫌いだったからです。

ていうか、わかい頃。私はほんとうにアホの無知であった。

 

高校3年の夏まで、ほんとにぼーっと生きていて

まわりはだんだん 大学行くだの美容師になるから通信で勉強するだの

車かって就職するだのいいだしたのに

アホな私はやりたい事などなんもなかった

 

だったら就職したらよかったんだけど、その頃アホなバンドにはまっていた私は、花の都大東京への憧れがはんぱありませんでした

東京へいくには学校へ行くしかない!と 適当に決めた専門学校を半年でやめて

親を泣かせました(学費は数年後に返しましたが)

 

 

門中退した頃、世はバブルで

求人誌が電話帳くらいぶあつくて。バイトなんてほいほい見つかったので

無断欠勤、はてはバックレも当たり前であった

このバックレ癖はしばらく続いた

 

バブルはじけた後、薄給で働いていた会社も倒産し

 

その後は、実家にひっこんだり、リゾートバイトに行ったり、また東京に戻ったりと

浮草のように暮らしていた

学歴もやる気もない私に出来る仕事はろくなのが無く

そのろくなのでもない仕事も、就いてはすぐやめていました

 

 

ほんとにお金が無くて無くて、親に電話で金の無心をしたり

ほんとになんて親不孝な娘だったのでしょう

 

 

そんな頃に 世にパソコンというものが出たのです

 

 

この「パソコン」というものに、くいついたのはまさかの母親でした

今思えば母はまだ50代か。まだ頭柔らかく、若かった。

てか今の私とあんまり変わらないじゃねーか

 

 

我が家は自営業なのですが、その経理を母は働きながら一手にやっていて、

電卓たたいてちまちまやっているのに嫌気がさしていたみたい

それで、パソコンなるものを購入し、町の講習行ったり独学したりで

Excel」というものを覚えた!

 

そして私にも「あんたもパソコンやりなさいよ。買ってあげるわよ」というのです

 

 

そしてわけもわからず「なんかマックってかっこいいな」と思って、15万でマッキントッシュをかった

 

でも全然つかいこなせなくて、友人に5マンで売ったw

その話をしたら、「じゃあウインドウズ買ってあげるから」と言って、今度は新宿のヨドバシで、ああでもねえこうでもねえ、と吟味して

富士通のウインドウズのノートと、タイピングを練習する「特打ち」と言うソフトを買った。

忘れもしない、京王線で、えっちらおっちら自分で運んで帰った

今なら無理だす

 

 

そして、その日からワシは寝るまもおしんでタイピングの練習をして

日雇いとっぱらいの後に、Excelとwordのスクールへ通った

そこを卒業して、これからは花の事務員にじゃーい と派遣会社に登録に行って

未経験でも入れるあやしい会社にはいって、ここでしばらく経験つむぞーと思っていた矢先。たまたまanでよさげな求人を見つけ。

 

営業マンとモメにモメ、いやがらせ電話とか受けつつ転職を強行

そしてその会社で、結婚するまでお世話になったのであった

(母は「やっとよそ様に言える会社に入ってくれた」と言った)

 

結婚したあとは転勤族になったので、各地で短期で事務の派遣の仕事が出来た

あの時、母がパソコンを買ってくれらたからこそなんである。

 

 

世にパソコンが出なかったら、わしは今頃どうしていただろーか。

 

お〇むとよく間違われた青のジャンバーを着ながら集団移動して、都内の某コンビニを棚卸して回り、すきまの休日には日雇いで交通量調査

それに飽き足らず。立川あたりの工場で年下の社員にばかにされながら働いていたかしら。

家に帰れば安アパートで、隣の大学生は意味不の発声練習をしているの。

私は洗濯3回まわしで対抗して

夜な夜な壁どんバトルを繰り広げているに違いない

(壁ドンとは本来、この意味なんである)

 

 そうならずにいるのは、母のおかげなんだなぁ

 

 

ていうか感謝すべきはビルゲイツか?ジョブスじゃないのかしら

壮大な話になってしまうけど

パソコンを世に送りだしてくれて、ほんとうにありがとうって話だよ

 

 

今、私は仕事してないけど、失業保険をもらって

こうしてのんきにブログとか書いて

500万貯めてリタイアするぜーとか言っている

なんて幸せなことなんだろう

 

 

幸せなことといえば、結婚出来た事も感謝である

こんなぐうたらダメ人間とよくも結婚したもんだ

私が男だったら絶対にいやだよ

 

結婚したら一生もう働かなくていいんだーっと思って嬉しかった

でも、誰もしってる人がいない土地で、モラハラ気味の夫と二人でいるのはきつかった

でもそのおかげで社会復帰して、コソコソへそくりも出来た

 

そして、さらにへそくり増やし、

セミリタしようとしているのであーる

セミリタイアなるものを もっと早く知りたかった

そしたらあと10年は早く貧乏リタイアしたんでないだろうか

期間限定、目標の為なら 歯をくいしばって仕事したにちがいない

 

でもそれもこれも、パソコンがあって、ブログというものがあるから知れたわけだからね

 

 

しかし

若い頃私はほんとうに無知であほうであった

やりたい事がないのなら とりあえず仕事して

ほそぼそ貯金でもしておけばよかったんだよーばかちんか

 そしたら今頃ひと財産築いていたはずなのに

ていうか、結婚=安泰と思っていたからね

それがそもそも間違っていたというのにきづいた時には結婚してからもう10年たってしまったいたという。

 

でも 後ろふりかえってもしかたないし

いまこれから出来ることをするしか無いよね

あと3年頑張ったとしても私はまだ51歳よ

51なんてめちゃ若いぜ

ていうか、人って いくつになっても

自分はまだまだ若い って言って移送な気がする

早く素敵な50代になりたい

 

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私のボログ、推敲とかしないで打ち殴ってるので

読みづらいし オチなくてすみません